ある小学校の先生と話す機会がありました。発達障害のあるユニークな児童が5人いる普通学級を担任したその若い先生は子どもに首を絞められる夢を見ながらも真正面から子どもたちと付き合い続け、いわゆる学級崩壊の状態だったクラスが授業が静静と進む状況になり、教育委員会からも見学者が絶えないモデルケースとなりました。
その間、様々なハプニングが続き、同僚、親御さんとも頭を抱えながらの日々だったとのこと。
その20代の先生はそういった大変な日々を送りながらも子どもたちのことを嫌いにはならなかったとのことでした。理由は信じられないような突飛な行動に授業どころてはない毎日を過ごしながらも変化があったことだそうです。それは必ずしも理想的な方向ではなかったけど自分の関わりが間違いなく子どもたちに影響を与えている実感が責任感につながり、逃げたい自分に負けない原動力になったとのことでした。
今は、ますます自分のクラスの子たちが好きになっているし、自分の人生を創ってくれた恩人だと思っているとのことでした。
教師に限らず、子どもに限らず人と深く関わることで生まれるエネルギーがそこにはあるのではないかと思います。
また、そこで取り組む方の熱が周囲の人の原動力にもなるでしょう。
私にとっての原動力は何になるのか、見つめ直しながら寒さに負けない熱をもって仕事に取り組みたいと思いました。N
その間、様々なハプニングが続き、同僚、親御さんとも頭を抱えながらの日々だったとのこと。
その20代の先生はそういった大変な日々を送りながらも子どもたちのことを嫌いにはならなかったとのことでした。理由は信じられないような突飛な行動に授業どころてはない毎日を過ごしながらも変化があったことだそうです。それは必ずしも理想的な方向ではなかったけど自分の関わりが間違いなく子どもたちに影響を与えている実感が責任感につながり、逃げたい自分に負けない原動力になったとのことでした。
今は、ますます自分のクラスの子たちが好きになっているし、自分の人生を創ってくれた恩人だと思っているとのことでした。
教師に限らず、子どもに限らず人と深く関わることで生まれるエネルギーがそこにはあるのではないかと思います。
また、そこで取り組む方の熱が周囲の人の原動力にもなるでしょう。
私にとっての原動力は何になるのか、見つめ直しながら寒さに負けない熱をもって仕事に取り組みたいと思いました。N
コメント
コメント一覧 (2)
いつもありがとうございます。
何かを出来るようにすることが教育目標であったり評価基準であることが、もう古いのだと思います。